Writing about Shin'ichi HOSHI

 これとは別の記事を書いてはいるものの,そっちがなかなか終わらないことに苛立ち公開.2000字に収まってるはず.別のところで書いたものだけど,内部的な文書だから公開してもどこにも影響は出ないはず……多分.徹夜気味に一気に書いたので校正も何もしていないのはあしからず.*1


 『ボッコちゃん』を始めとした星新一の作品全般における,文体の特徴と,作品の傾向,そして彼自身について.
 星新一は風刺を滅多に書かないことで知られる.時代とともに変遷するものはすぐに廃れるからだそうだ.ショート・ショートの神と呼ばれる彼の,千以上もの子どもたちは,さしずめ大量のイエス・キリストといったところだ.しかしその一人ひとりが,時にほんのりとほのめかし,時に怪しく大胆に打ち明ける,ストレンジな千夜一夜物語は,凄まじく端的でありながら,聖書よりも凄まじい,彼の人生と精神それそのものを体現しているのである.
 「ショート・ショートはその短さからか,一見誰でも書けるように思えてしまうが,その実情は,おびただしい量を生んでは殺し生んでは殺し,という過酷なものだ」.こんな記述を,彼の単行本のあとがきで目にしたことがある.彼が書いたもののうち,長編は本当に数えることが出来るほど極端に少なく,ほとんどが前述の通り短いものばかりで,なかには一ページに満たないことすらある.それでも彼の作品は,変な光線,匂いと音とを,ずっと放ち続けている.何故か.
 そもそもどうして,彼の書くものは短くても成立するのか.彼曰く,素人がショート・ショートを書いてみて,なんとかひとつ完成させても,書いた本人が落胆してしまうほどに,まともな話は書けないそうだ.長谷敏司は『SFが読みたい!』の中で自著『あなたのための物語』について「死について真剣に書きたくて,物語の部分を削りすぎ『長い』と評された」と述べている.件の作品は三百ページもないものだが,確かに物語としての部分はあまり目立たない.作者の言葉が常に前面に押し出されている.キメの細かい描写をしてしまえば,より読みやすくはなろうが,作者の意思がより高解像度で伝わるか不安だ.小説を通して作者の意思をどう読み取るかについてはさておき,星新一の作品は対極的に短い.しかし物語としての充実感は勿論,作者の意思があれほど眼前に迫り,ストレートに神経へ入力されるようなものは見たことがない.星新一の世界では,行間が私を読み,紙背が私の網膜を見つめる.
 直接的な言葉を使わず,体言止めがしばしば見られ,人物名のほとんどがローマ字をカタカナで表記され極力目立たないことを心がけられた,小気味よいテンポの文体.アネクドートのような不気味な余韻と苦々しい皮肉とを残す構造,かと思えばしばらくたって読み返した時の新鮮さと,その新鮮さを常に保ち続けさせる時代なきプロット.何年経っても変わらないどころか,読む度に違う表情を見せるリアリティとそれを生む酷くプレーンな世界.これらをただ機械的に組み合わせるのではなく,自身を映す鏡として書き上げてしまう,これほどまでに凶暴な作家がどこにおろう.
 彼曰く「ちゃんとした話になるのは本当にごく僅かであり,ふと思いついた何でもないアイデアが化けることもあれば,長い長い時間練りに練り上げた話を投げ捨てなければいけないこともある」.そこに宗教的な胡散臭さや歴史的な埃をかぶった面影はない.ただの一人の作家しかいない.その原点はブラッドベリともブラウンとも言われるが,彼の父こそが,彼を小説家にさせたのではないだろうか.
 星新一の長編作品とともに,彼の小説家としての顔を見定める.『人民は弱し官吏は強し』を読んだとき,やたらと苛立ち,少なからぬ吐き気を催したのは私だけではあるまい.ここまで酷い話がこうも上手く成り立つものなのか,と.疲れさえ感じた.それでも文章は感情的にならず平易だったが,それ以上に彼の父,星一が,あまりにも手応えの無い,なんの生物もいない沼の水面のような平穏さだった.水がなんにも知らないのとは違い,話の中での星一の言動は,知りすぎているが故か,社長というには前向きな,あまりに前向きなものだった.松下幸之助が示すような道はそこになく,薄暗く湿った洞窟を掘り進むしかなかったにも関わらず.
 『気まぐれ指数』のような新聞小説という形で長編を書くならまだしも,よく書き上げたものだ.割とあっさりめの技巧を,誰でもわかるような模型として展示するよりも,親の敵についてつらつらと語る方が,少なからぬ心痛を伴うのは明白である.その基礎部分は,恐らく富野由悠季にも引けを取らない,己への卑下と毒舌かもしれない.
 星新一.そのシンプルな語り口とサラリとしたエッセンスは,誰もが感じることを,誰でも分かるように言うことで成り立っている. 十年後,二十年後,そしてボケてからも読み返せるのが,星新一である.

*1:ちなみに「星新一の上澄み」という副題がついていたのかもしれない.