人と紙とコンピュータ

 「オフィスのペーパーレス化を阻むのは ? - スラッシュドット・ジャパン」を読んで,以前書いた「紙と鉛筆とコンピュータ」という記事を思い出した.この機会に改めて,電子媒体が紙に打ち勝つための道筋――または電子媒体が紙に敗れ去るまで――をまとめる.ちなみにこの記事を書き始めて既に何日も経過しているのは気のせいである.

一覧性・可読性を高める

 本でも新聞でも資料でも何でも,視線をちょっと動かすだけでお目当ての文章が目に入ってくることのメリットは絶大.「新聞は見出しの大きさや記事そのものの大きさ,記事の位置によって,話題性のある情報が目で見て判断しやすい」とよく言われる.この言い分の正確性は別としても,人が「文字の大きさや色」「書かれている場所と周囲との関係」「関心の強い言葉」などで情報の識別と取捨選択を行っているのは(たとえ表面的だとしても)まず間違いない.だとすれば「このやり方」を変えずに電子媒体に移る,それを実現するには,まず「(情報を)ぱっと見てぱっと認識出来るような形で表示する」必要がある.*1
 では,具体的にどうやって「ぱっと見てぱっと認識出来るような形で表示する」のか.

第一に「より使い易い領域」が必要

(firewheel, 「スパゲッティプログラム」)
あんなもんEmacsを駆使しても一画面や二画面で読めるものか。
紙に出して、書き込みしたものを机一面に広げて、それでようやく解読できるかどうか。
無駄にページ数だけ多いExcel仕様書なんかも同様。仕様書の閲覧だけで五画面くらい欲しくなる時がある。


(circe_s, 「印刷用に作られた文書って基本縦長なので」)
横長なPCのディスプレイでの表示には不向き。スクロールしないといけないし。
特に自分のように業務用のPCの画面が1024x768しかない人にとっては。
反面Power Pointで作られた文書は基本的には表示用に作られているので
印刷しないでそのまま画面で閲覧することが多いですね。


(AC, 「印刷しなくて済むものはhtmlで配布してほしい」)
pdfなどのWYSIWYGの使いにくい点として、レイアウトが固定されているために
画面の端に小さくマニュアルを表示して作業する用途に向かない点ですね。
横スクロールが発生するととてもじゃないがやってられないので、
ウィンドウの横幅を、A4用紙並みに大きくしないとダメ。

 この場合必要なのは「広い表示領域」.WYSIWYGを忠実に行うと,限られたスペースでは可読性が下がるなどジレンマに陥ることも多々ある.私の経験では,24-27インチ程度のディスプレイであれば,Webや資料を参照しながら何かを書き,同時にTwitterクライアントを表示しておける程の余裕はある.しかし10インチ台となると,同時に表示できる情報量が途端に減ってしまう.快適な電子化には,引用元で言及されているように,マルチディスプレイ環境やテーブルトップを整えるぐらいが最終的には覚悟しなければならないだろう.現状では,現実的にせめて21インチ程度は欲しいところ.
 個人的なイメージで失礼ながら,「証券取引所NASAJAXAを始めとした非常識的な情報量を扱わなければならないオペレーションを統べるような空間」,言うならば「でっかいディスプレイやマルチディスプレイが完備されていて,至る所に何かが表示されている,サイバーパンクなモニター室」が最終的な理想ではないだろうか.現実に存在する,ニュースで映っているような証券取引所では,あれでもまだまだ表示領域は不足しているだろう.

「領域」と言っても「表示領域」ひとつではない

(Chiether, 「もちろん。」)
「自分の机」を対象とするのであれば
比較するのは、当然「自分の作業領域」ですよね。
割当領域が足りないのを理由としたことは、何度かあります。
一度、情報共有置き場に放り込んで、何処に置いたかのメモだけ用意してたんだけど
ぽこぽこフォルダ移動やら資産を持つPC(アドレス)やら変更されまくったので紙で手元に置きました。
おそらく共有領域もカツカツだったのでしょう。

 これは後述の「普及と規格化」にもつながる.データをどう扱うかについて.「ぱっと見てぱっと認識出来るような形で表示する」ための視覚的な工夫は,それ単独では無力だ.アウトプットのための設備が整っても,そこに表示する内容そのものが管理しづらければ,どちらも使いようがない.
 昨年頃からだろうか,クラウドコンピューティングという言葉をよく聞くようになったのは.クラウド自体は以前から存在し,結構な人口がよく使っていて,言葉自体もわりとポピュラーだったものが,大不況に陥ったせいか一気に知名度を高めてきた.クライアント側でデータの保守・管理をあまりする必要がない,という点ばかりが着目されているように思えるが,電子化を進めるにあたってまず重視すべきは「多様なインターフェースへの対応」と「データの高度なセキュリティ」の2点だ.

( naruenosekai, 「画面の解像度」)
ワード文章の絵や表を入れたときの、解像度が表示と印刷でちがうので、最終的には印刷して確認しなくてはいけませんし、
フォントも表示と印刷で違うので、文章に他のフォント使った文章が混じってないかチェックするのは表示では難しいですね。
半角と全角の入り混じりをチェックするのも表示ではフォントのせいかわかりづらいですね。

 データを手元におかないのならば,それこそ特定のインターフェースからアクセスする必要はない.メタ的なデータ形式を定め,あらゆる出力の仕方を用意する.データの編集も反映しやすい.その際,WYSIWYGとの両立が課題となるが,マークアップ言語の刷新が進む中,各形式間での誤差は無視出来る範囲にまで到達している.*2そもそも,多様なインターフェースからアクセスするのであれば,ミリ単位,ピクセル単位の誤差は無いに等しい.それぞれのインターフェースで表示される内容こそが,WYSIWYGにおける「出力結果」なのだから,当然だ.具体的な出力形式として例を挙げるならば,HTMLやPDFならば汎用性は高いだろうし,TXTファイルならほぼあらゆる環境で扱える.ファイル形式の簡素化に対し,文字コードを簡素化するには,極端な話1つの文字コードに出来る限り多くの文字を規定しようとすれば,その煩雑さは常人の想像の範疇にはなく,新たなファイルシステムの開発の方が必要なのではないかとも思える.
 クラウドコンピューティングを運用するうえで最も注意を必要とするのが,セキュリティ対策だ.やもすれば世界中のあらゆる情報――気恥ずかしいプライベートから,生活基盤をなす個人情報まで――が,クラウドコンピューティングで扱われるようになるかもしれない.その時最も力を持つものは,アウトサイダーたちかもしれない.私は『CODE 2.0』さえも未だ読み終えられていないほど「規制」について無勉強なため,詳しくはないのだが,電子化に法整備が追いついていないのは誰も目にも明らかだろう.*3どれだけ強固なセキュリティを構築出来るか,そして簡便なアクセス手段を同時に提供出来るか.他人に情報を渡さなければならないとき,必要のない情報まで渡したくないのが人情というものではないか?
 セキュリティとはまた違うが,スパム対策も綿密に行いたい.「Android Market」では,既に大量のスパムアプリケーションが出回っている(いや,スパムなのだから回っていないと言うべきか……).*4強力すぎるスパムフィルターを持つGmailを運営しているGoogleに期待するのも一興だ.

扱いやすさの向上

 読んで入力するのもいいが,書いて出力せねば始まらない.

Anonymous Coward, 「落書きができない」)
論理だって考えること以外に、思いついたことを0.1秒以内に書き込んだことが役立つことが多い。
あと欄外に落書きしてるとき行き詰まったことが別ベクトルから考えられたりもする。
手を動かすのが重要なのとPCだとその辺冷静になっちゃうので駄目だ。


Anonymous Coward, 「広義の『外字』の記載の楽さ」)
旧字体・変体文字系とか「□にローマ数字」とかの独自文字を
気軽に迅速に表現できるという点で紙のメモは一向に減りません。

 私は以前,冒頭に挙げた記事の中でこんな問いを発した.

夜寝るときや夜中,朝目が覚めたときに咄嗟に書くことができるのはコンピュータと紙と鉛筆ならどちらか?

 iPadがスリープせずにずっと枕元にいるのなら話は別だが,「速記性」を求めるのなら現状では紙が明らかに優勢だ.一瞬で手書きを開始できるかと言うことと,手書き文字認識,これら2つの課題を完璧にクリアしない限りは,電子媒体の世界的な普及はありえない.また,ペンタブで何かを書いていると感じてしまう「暖簾に腕押し」の感覚,それを排除すれば書き味はぐんと良くなるように思える.
 扱いやすさという面では,上のようなソフトウェアの問題のみならず,ハードウェアの課題も山積している.

Anonymous Coward, 「液晶バックライト」)
こいつがある限り、ペーパーレスになることはない。
紙の白と液晶の白は質が違う。
液晶の白はまぶしくて読書に向かない。


(circe_s, 「印刷用に作られた文書って基本縦長なので」)
あとはページ送りが紙に比べてやりづらい、メモの書き込みをしづらい、等
ハンドリングの問題もあると思います。


(xan, 「紙は軽くて電源いらなくてすぐ見れる」)
ペーパーレス化を阻むのは、表示媒体が電源線の必要なディスプレイだから、というのが最大の理由のような気がします。
あちこち移動しながら仕事する、しかもコンセントが周りに見あたらないような場所で作業すると、紙じゃないと成り立ちません。そんな場所はオフィスじゃないという意見もあるでしょうが、現場とオフィスを行き来しながら仕事する環境だとどうしようもない感じ。オフィス単独で成り立つ企業なら話は変わってくる?
データをどうやって持ち運ぶかってのもありますね。WordやExcel形式にしたところで、どこかにメモリしないといけない上に、見たい時すぐには見れません。パソコン探して、ネットワーク切って、パソコン起動して、メモリ挿して、ウイルスチェックして…とか簡単に10分以上使ってしまいます。なお、こちらも同様に電源と表示媒体がないと成り立たない話。

 つまりは,人間フレンドリーをどこまで実現できるか,それが問題だ.この記事はMacBook Pro 13″ Mid ’09 で書いているが,アンチグレアは絶対必要.やたらと疲弊するし,見やすくするためにディスプレイの輝度を高めるとそれこそ目が痛くなる(最高輝度にすると本当に痛い).
 そして電源.2kmだか5kmだか離れた地点間での実験に成功した(んだったと思う)ニコラ・テスラエジソンのようだったなら,今頃世界は無線送電でとても楽しかっただろうに.まあ,エジソンみたいなテスラなんて,見たくもないが.死ぬ間際に地球を本当に壊していきそうで怖いから.MITとどっかの企業に大いに期待.
 iPhoneiPad,どちらもまだまだ分厚い.有機ELを日本国内で販売しなくなるのは結構手痛いんじゃないか?

普及と規格化を迅速に

Anonymous Coward, 「する気ないでしょ」)
ペーパーレス化という事自体をそもそもあんまりする気が無いんじゃないかと思う。
ハンコの電子化とか企画したものの事業所間を跨げなくて頓挫したり、紙減らしの反動で2ヶ月経ったら使用料激増しました。
やっぱり会社のシステムを変えるつもりでないと。


Anonymous Coward, 「目的が間違っている」)
オフィスでのペーパーレス化失敗例の文書なんてのは、
「見て」「渡して」「仕舞う」だけで良いのがほとんど。
元々そういうのは電子化に適していないのが現実って事では無かろうか。
そしてそれをムダにペーパーレスを推し進めようとしている。
必要なのは「ペーパーレス化」では無い。
「ワークフローの電子化」なんじゃ無かろうか?
それをペーパーレスを目的にしてしまうから、出てくる結果もお粗末なものになる、と。


(watanabe_aki, 「オフィスにスキャナーがない」)
したがって、紙のコピーは紙。

 ごく一部からのろのろやって便利なわけがない.やるなら,一挙に全国レベルで規格化する.

最も必要なもの

Anonymous Coward, 「紙の方が便利なだけ」)
超ローコストで提供できる媒体である上、高品位の表現が可能で入出力も自由。
入力装置も各種各様のものが用意されていてユーザーが好みの物を選ぶことが出来る。
完全電源レスで超薄型超軽量。(但し情報密度はそれほど上げられない)
自由にスタックする事も出来るし、必要に応じて圧縮・展開も可能。
歴史的に便利なサポートツールの類も大量に有る。
なかなかに無いと思うんだ、こういう物って。

 最も必要なもの,それは時間.電子媒体を一番うまく使う方法を見つけるまでの時間は,絶対に削れない踏み台だ.

 全体として,酷く他人任せなものになってしまったが,これらのうちひとつにでも貢献できる研究ができたらなと祈る日々である.だって紙に書く文字が汚すぎるんだもの……

*1:何故「このやり方」を変えずに移行したいのか?そうしなければ無視できない負担が生まれて,使う気にならない.そんなもの,どうやって普及させるのか?力の入れどころをできるだけ正確に見定める必要がある.そもそも,電子化をするためにわざわざ苦労するなんてのは本末転倒で,実際使う際に苦痛をしいられるのはごめんだ.

*2:無視できないとしたら,それはマークアップ自体のミスによることが多い: テーブルレイアウトなど.

*3:企業秘密が詰まったCDを盗まれて,被害額数百円の窃盗でしか訴えられない虚しさがそこにはある.

*4:AndroidマーケットでSPAMアプリが蔓延中 - スラッシュドット・ジャパン